三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー 最新上映作品『しわ』を見た

高畑勲監督が好きすぎるスペインのアニメ監督が老人ホームの友情と悲哀を描いたとかいうアニメ映画を見ました(適当すぎる説明)。
http://www.ghibli-museum.jp/shiwa/

いまどき手描きアニメ。動かし方が日本アニメ的なのに人物の顔立ちや小物は西洋風なのがおもしろいです。そして色調が柔らかくてすごくいい。
主人公エミリオ(元銀行員で、ボケてしまって今の生活と銀行員との暮らしの区別がつかなくなってきてる)が老人ホームに入居させられるところから話が始まるのですが、ルームメイトのミゲルがいいやつです。すごくいいやつです(大事なことなので2回)。
あと、脇役として、奥さんがアルツハイマーの旦那の面倒見るために一緒に老人ホームに入居した夫婦がいるんだけど、その二人の馴れ初めの場面がほんとうに美しいです。

以下ツイッターの感想置き場+α


この場面は本題と全く関係ないのですが、この映画、絵柄だけだと日本のアニメ映画が西洋の顔立ちを意識して描いただけに見えるので、こういう場面が出て「あ、マジで外国のアニメなんだ」と思ったのでした。


このルームメイトがミゲルなんですけど『管理費がいるよ。10ユーロだよ。俺が後で受付の女の子に渡しておくよ』とか言って掠め取ろうとするんですよね。他にもちょっと頭の弱くなったおばあちゃんやおじいちゃんからうまいこと言って小銭をかすめ取ってるんですよね。
でもいいやつなんです。見ればわかりますから。


ミゲル、ぼけちゃった人からお金だまし取れたり、ぼけてる人の妄想に付き合っておしゃべりしてやったり、お茶の子でできるくらい頭回るんですよ。歩くのもひょいひょいできて介護も必要なさそうだし。普通に一人暮らしできるのでは?と思ったんだけど、独身で子供も孫もいなそうなので、老人ホーム以外行くとこがないのかも。

ホームにはジムやプールが有りますが、『俺らが使うことはない、これはお客に見せる用だ、お客ってのは俺らじゃなくてその子や孫だ』とミゲルは言います。





ミゲル、かすめてたお金をたくさんためてたんですが、それを全部エミリオたちと老人ホームを脱走する車の調達に使ったんですよ……
でも運転できるのがエミリオしかいなくて、アルツハイマー進行してるから結局事故っちゃって、怪我と入院で余計アルツハイマーが進行して、24時間介護老人が連行される老人ホームの2階へ。もうエミリオはミゲルと同室ではないのに、エミリオのためにお願いしたサンドイッチだけはずっと食事で出てくるのです。



ミゲルは、旦那がアルツハイマーの夫婦の奥さんと同じように、エミリオを24時間介護してやるようになります。でも、もしミゲルがいなかったらエミリオはどんな暮らしをしてたんだろう?と考えるとすごく暗くなるんですよね。必要最低限の世話だけされてほって置かれたんじゃないかなって…


この作品は、人生の終末には家族が必要ですか?友人が必要ですか?と聞いておいて、
旦那がアルツハイマーの夫婦の奥さんと、ルームメイトミゲルの献身的な介護を一緒に見せて、必要なのは、家族でも友人でもなく、愛です。と言ってるようなものなんだけど、
そんなのもらえない人たくさんいるじゃない。
愛されない人だって、それなりに人間らしく、人生の終末を迎えることはできないの?
それを可能にするのが福祉なんじゃないの?
感動モノの映画にそんな文句つけるのも筋違いだと思うんですが、そう考えるとなんだかとても悲しかった。

ウソジャナイヨ、ホントダヨ

フェルメール光の帝国展に行ってきた

以下ツイッターの感想+α

しかしフェルメールの複製原画じゃ人来ないけど、描画当時の鮮やかさを考えて複製原画作って『描画当時の絵が見られます!recreateという新たなジャンルです!』といえば結構人来るよな その発想だけは頭いいな via Janetter for Android 2013.11.09 13:27


作成された当時の色彩を再現、ってすごく面白い試みだと思ったんですよ。実物揃えるよりは費用かからないし、実物見た人だって見たがるだけの勝ちはあると思ったし。でも実際見た感想は↓

おもしろいものではあったけどやっぱり実物みたく筆のあとまで見られるほどじゃなかったし、遠目で鮮やかさを楽しむだけのものだな  via Janetter for Android 2013.11.09 13:30

よく出来たコピー絵でしかなくて……実物って筆の跡とか絵の具の厚みが見れて、描いた時の様子が想像できてすごく楽しいんですけど、そういうのが一切できないのはつまらなかった。


フェルメール光の王国展、監修者福岡伸一分子生物学者)ってあって不思議に思ったら生物と無生物のあいだで有名になった人か……偽科学ってほどじゃないけどニセ科学批判クラスタの間でフルボッコされてた人か……専門で金稼げなくなったから好きな画家の絵の描画当時再現に走ったのか…… via Janetter for Android
2013.11.09 13:22

これに気づいたときは本当にがっかりした。後半のツイートはただの邪推ですが


今日得たムダ知識:フェルメール若い女の乳もみながら女に金渡してる男の傍らで「ヒュー!やるねぇー!」みたいな顔してる男に自分の顔を使った疑いがある via Janetter for Android 2013.11.09 13:37

焦ったから文章が変だ。正確には『フェルメール若い女の乳もみながら女に金渡してる男の絵の中で、傍らで「ヒュー!やるねぇー!」みたいな顔してる男に自分の顔を使った疑いがある』
です。『取り持ち女』っていう女衒のばさまと娼婦の乳をもむ男の絵ですね。

まあでもフェルメールの黄色と青のコントラストの話とか、フェルメールが使っていた顔料は7種類くらいしかなかったとか、構図の話とか、同時代の学者との交流とか、当時の風俗についてもそこそこ解説してあって面白かったですよ。

【ネタバレ】ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 感想かきなぐり

ヱヴァQを見てまいりました。
ネタバレをあまり気にしない人間なので、ネタバレどころか考察まで一通り目を通してから見に行ったのですが、それくらいしないと初見でストーリーを把握できなかったと思います。
よくわからない単語が矢継ぎ早に出てきて、理解が追い付かないうちに次のシーンに移ってしまうので。

映像については賛否両論ありますが、私はとても質が高いと思いました。かっちょえー風景をガンガン見せられる快楽を久々に感じた。しかし、ナディア・トップ・EOEをリアルタイムで見てた人からはあんまり評価高くないみたいですね。

破はシンジさんでしたが、Qはアスカさんだったと思います。でも中盤の、カヲル君とシンジ君が親交を深めるシーンがいろいろと濃すぎるので、結果としてみんなホモホモいってるのだと思います。


がくじゅつてきあかげ(金欠) @zingibercolor
旧のカヲルくんは『最後にできたたった一人の友人なのに、目の前でグロ死して完璧にシンジの心を折る』という役目を持つキャラなので、グロ死部分を強調するためシンジと超仲良くなる必要があり、仲良しが行き過ぎてホモ化したのだと思います。ところで、カヲルくんは新劇序・破でも順調にホモですね
https://twitter.com/zingibercolor/status/269654366238162944

↑見に行く前にこんなことを言っていたんですが、ごめん、これネタバレ踏んで初めてカヲル君の役割に気付いて書いた。ごめん


前座で流された『巨神兵東京に現る』も、東京という都市を完膚なきまでに破壊する映像として、あれ以上の物はちょっとないと思います。
普通の映画の都市破壊シーンは迫力/破壊による快楽を与えてくれるものなんですが、巨神兵は『僕らの世界が終る』というテーマを前面に押し出しているのと、破壊されるのがスマホやらツイッターやらが溢れるとても『イマ』らしい東京の街なので、見ていて心臓が痛いです。
街と言うのは簡単に壊れるものだ、と3.11で知った今はなおさら。
庵野監督なら、これを狙っていないわけがないでしょうね。



以下はとりあえず備忘録としての、mixiボイスの転載です。
これをネタにもっとちゃんとした文章を書けたら……と思うけれど時間がないなあ。


同期の子がエヴァqを見に行ったというので感想を聞いてみたら「ホモこわい」の五文字しか言わなくなった シンジくんいったい何されたの
11月26日

エヴァってきました。ホモこわい
12月1日 15:38

件の同期の子のホモこわいとは、『ホモシーンがホモすぎてこわい』『あんな濃厚なラブシーン見たことない』『連弾とかあれほど2人のフィーリングを合わせる作業ない!音が気持ちいいとかフィーリングが深まってないとできない!』などを総合したのちネタバレ回避のすえもれた言葉のようです
  12月1日 15:44

私はと言えば、「狙いすぎたBLシーンはギャグにしかならない」という格言を作るべきではないか、と必死に笑いをこらえながら思っていました。映画館で音立てちゃいけないからね!
12月1日 15:52

同期の子は音楽をやる人なのですが、彼女によれば連弾はタイタニックの船の先っちょシーンよりも濃厚なラブだそうです。わからん
12月1日 15:54

「シンジがミサトからもレイからもアスカからも、誰からも拒絶されてどん底にいるときに、蛇のように入り込んできた!心の隙間に入り込んで自分に依存するように仕向けた!狡猾すぐる!」ともいうてました。だいたいあってる
12月1日 15:57

「ホモは絶対シンジ攻略ノートつけてる!ループするたびにメモってる!『ピアノを小道具として使ったのがよかった』『お義父さんの攻略失敗』とか絶対書いてる!」と言ってた。ギャルゲか
12月1日 16:00

えっと、全体として言うとすんごいグリングリン動いて、戦闘も航海シーンもすごくよくて、映像による快楽を久々に味わった気分でした。あと、すごくアスカが強くたくましくなってて、「破がシンジさんならQはアスカさんだ!」と思いました。巨神兵もあっという間に町が壊れていって、怖かったけど映像として一級品だった
12月1日 16:04

でも中盤のホモシーンが濃厚すぎてな。
12月1日 16:05

カヲルくんはTV版でも「全てを無くしたシンジが最後に見つけたたった一人の友人なのに、目の前で惨死して完璧にシンジの心を折る」という役目を持ったキャラなので、シンジの心を折る前段階として超仲よくなる必要があり、それが行き過ぎてホモ化したキャラだと思っていたんですが、映画では前段階が超強化されててね
12月1日 16:08

同期の子がホモホモ云うんでうっかりホモホモ書いちゃったけど、特に肉体的にべったべったしてたわけではなく、カヲルへのシンジの精神的依存が深まっていくのが超濃厚に描かれてた感じなので、JUNEに近いのかな?と思った。JUNE読んだことないけど…
12月1日 16:11

ぼかあ鈴原サクラが超可愛く見える理由と、ピンクたらこはゆとりじゃないよパンピーなだけだよについてまとまった文章を書きたい
12月1日 16:12

あとね、見ればわかるけどミサトさんの声がたいそう老けてて、次回予告の声も老けた演技のままだったので、ああもう前のチャーミングなミサトさんはいないんだ…と悲しくなってたんだけど、「サービスサービスぅ♪」の所だけかわいい声に戻っていてすごくほっとした
12月1日 20:17

あとマリぱいがよく揺れていたのでよかったです
12月1日 21:20

マリがアヤナミに「このままだとまずいからあっち行きなよ」とも取れる言葉をかけたのは、破で助けてもらったから一応とどめを刺す前に逃げるチャンスを上げようと思ったのかしら
12月1日 21:24

あとなーずーっとグラサンかけて表情が読み取れないミサトさんがなー初めて目元見せてくれたと思ったら「あなたは何もしないで」と言い放って即指令室へ床ごと移動(コミュニケーションを一方的に打ち切る)のが来た
12月1日 21:29

序盤シンジとだーーーーーーーーーーーーっれもまともに接してくれなくて、中盤に入ってカヲル君がやっと普通にコミュニケーションをとってくれるんだけど、その瞬間から画面に陽光がさし始めるのね。それまでは暗い室内だったり、屋外でも陽光が目立たないシーンばっかなのね。うまいというかあざといというか
12月1日 21:32

そしてこの陽光は濃厚なホモシーンの始まりを告げる光でもあります
12月1日 21:33

サクラがすごくかわいかったんだけど、彼女は序盤のキャラのうち、唯一まともにシンジと接してくれるキャラであることも大いに関係しているだろうな。序盤は特に、シンジと視聴者が相当シンクロするように作ってあるので、シンジを敵視する人ばかりの中で、それなりにやさしくしてくれる女の子ってだけで魅力5割増しに映る
12月1日 21:39

ピンク髪のたらこ唇オペレーターがさんざんゆとり言われてたけど、民間人&新人らしいということを考えればああなっても仕方ないと思う。モニタに付箋いっぱい貼ってあることから、仕事に習熟していないんだろうし。もう少し口のきき方を学べと思うが、上官の作戦が無茶すぎるので口応えの内容事態は正論だと思うっす
12月1日 21:45


本当に人手不足で、まじめそうで人当たりのいいサクラをシンジ担当に、口のきき方がアレだけど機械の扱いにサクラよりは慣れてるピンク北上をオペレーターに回す、くらいの感じだったのかなーと
12月1日 21:47

Yahoo!翻訳の英→日翻訳は、英語に自信がない人のお助けツール

高校レベルの英語すら怪しいのに、英語でプレゼンしないといけない!英語で原稿作らないといけない!
一応書いてみたけど、これでネィティブに通じるの? 

そんな時、Yahoo!翻訳の英→日翻訳が役に立ちます。
自分で書いた英文を日本語に訳してみるのです。

http://honyaku.yahoo.co.jp/
ぐちゃぐちゃな日本語訳が出てきたら、それは意味が通じない英文です。
まともな日本語訳が出たら、とりあえず意味が通じる英文だと思っていいです。

まともな日本語訳になるまで、英文書き直し→英日翻訳をすれば、それなりに通じる英文ができるでしょう。*1

*1:あくまで『意味が通じる』程度の英文ですが。

新劇ヱヴァンゲリヲンは旧劇エヴァのキャラを救う物語であって、おまえらを旧劇トラウマから救う物語じゃない

タイトルで言いたいことすべて言ってしまった気がする。


ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 特装版 [DVD]

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新劇に「これはエヴァじゃない!!」と怒ってる人はたくさんいるけど、それはお門違いなんですよ。
あれは旧劇で幸せになれなかったキャラクターたちを救済する物語なんですよ。傷ついてばかりだったシンジを、アスカを、レイを、今度こそ幸せにしてあげるための物語なんですよ。
別に旧劇のトラウマから這い上がれない人たちを救うための物語じゃないんですよ。

旧劇から十数年、数多の視聴者がシンジたちを救おうとしましたよ。二次創作という形で。
視聴者達が必死に叶えようとしたことを、公式がやらかしただけの話なんですよ。
だから、旧劇でトラウマを負った人たちは、救いを新劇に求めちゃいけないんですよ。
おk?

ここからは私の考えではなくて、昔どこかで見た批評の話(どこだか思い出せない)です。

・新劇と旧劇の違いは、『周囲の大人たちがシンジにやさしいか否か』の一点のみ。シンジの性格は旧劇と同じ
・周囲の大人がまともなだけで、シンジはあんなにまっすぐになる。
・そこには救いが生まれる
・これまで数多の二次創作が目指した救いを、大人の性格をやや変更するだけで成し遂げた公式パねぇ

私はおおむねこれに同意です。


しかし、新劇ではシンジとレイが急接近しているのが不安。
旧劇では、最終的に母親から自立して、母親の影がない女の子=アスカと向き合ったのに、
新劇では今のところレイの比重が大きいから。

新劇では、レイ=心地よい母胎の象徴に抱かれたまま、自立せずに終わってしまうんだろうか?
新劇ではそれを幸せとして描くんだろうか?
それは、さすがに退化ではないか?

きっとマジョリティになれないお前たちに告げる〜グレッグ・イーガン『繭』(祈りの海 収録)ネタバレなしレビュー〜

タイトルが『輪るピングドラム』のパクリなのは言うまでもない。

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

今日書くのはグレッグ・イーガン短編集『祈りの海』に収録されている『繭』。
短編ゆえに、ネタバレなしでこの作品の魅力を説明するのは難しいのだが、それでも書いてみようと思う。

グレッグ・イーガンは現代で最も有名なSF作家。
物理・数学のふんだんな知識をもとに、『アイデンティティとは何か? 自分が自分であるとはどういう事か?』
を問う作品を多く書く作家だ。
特に短編の切れ味に定評がある。一つのテーマに、緻密で皮肉な設定をもって切り込んでいく手法が人気だ。

『祈りの海』もまた、刃のような短編を集めた短編集だが、その中で『繭』を選んだ理由が一つある。
これは、生きづらくてしょうがないマイノリティにぜひ読んでほしい短編なのだ。

『繭』のストーリーはこう始まる。
人間の胎盤の遺伝子を組換えることで、胎児をあらゆる汚染物質から守る胎盤=『繭』を作る研究をしていた研究所。それが何者かに爆破された。
主人公はその事件の捜査を引き受けるが、犯人探しに難航する。ライバル企業でもない。テロ組織でもない。第一、赤子を汚染物質から守ることに反対する理由がどこにあるのか?
主人公は研究所関係者をしらみつぶしに調べ、数年前に研究所から解雇されたある研究者にたどりつく。
その研究者が語る、ある事情とは―――?

上のあらすじでは伏せたが、『繭』の主人公はある種のマイノリティだ。それがこの物語の需要なキーとなる。
しかしこの話は、彼が属する種類のマイノリティだけに響く話ではない。
自分がマイノリティである自覚がある人間たち全てに響く話だ。

きっとマジョリティになれない自覚があるそこのあなた。ぜひこの『繭』を読んでみてほしい。
そして、ラストを読み終えてから考えてみてほしい。
あなたなら、どうする?

『この世界の片隅に』ネタバレなしレビュー

すごい漫画を読んだと思う。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

漫画に並々ならぬ情熱を抱く女性(作者)が、決死の覚悟で戦争と原爆を描くことに挑んだのがきっとこの作品だ。

こうの史代は『夕凪の街 桜の国』で一躍有名になった漫画家さん。それまではかなりマイナーな漫画家だった。けれど、本当に漫画好きな人に受ける漫画を書く、非常に底力がある漫画家だった。
そしてなにより、漫画という表現に並々ならぬ情熱を抱く漫画家だった。

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

『夕凪の街 桜の国』は編集者に『広島出身だし、原爆もの描いてみたら?』と言われたのがきっかけで生まれた作品だそうだ。
当事者でない限りおいそれと触ることができない、表現者にとってある意味とても恐ろしい題材、原爆。それに、当事者でない作者が漫画家としての全力を懸けて挑んだ作品だったと思う。そして出来たのが名作であることは言うまでもない。

しかし『夕凪の街 桜の国』はたかだか読みきり二本分。原爆という大きすぎる題材について『描ききった』というにはいささか頼りない。
また、なまじ有名になったせいで、様々な立場の人から(多くは理不尽な)批判を受けたことも想像に難くない。
この世界の片隅に』は、『夕凪の街 桜の国』を描いた経験を受けて、戦争と原爆、そしてよせられた批判に正面切って挑んだ作品だ。

細部にいたるまで調べられた昭和の暮らし。
さりげなく、しかししっかりと貼ってある伏線の数々。
そして、漫画でしかできない実験的な表現の多さ!
あえて言う、これを『戦災もの』の漫画としてひとくくりにしてしまうのは本当にもったいない。

この世界の片隅に』のストーリーはとても平和に始まる。
広島の海辺で育った少女すずが、軍都、呉の軍の録事の家に嫁ぎ、時々失敗しつつも新生活に生活に慣れていく過程を綴る。日常生活の描写が実に丁寧だ。かまどで煮炊きし、井戸から風呂水を組み、梅干しで出汁を取るような昭和の生活をいちいち描く。可愛らしい絵柄も合間って、とてものどかだ。

しかし、読者がすずたちの行く末に不安を抱かざるを得ない『仕掛け』が既に施されている。
この話は『昭和19年1月』というタイトルで始まる。そして以後ずっと『昭和19年2月』『昭和19年3月』と続いていくのだ。
話が進むにつれて、いつか到達することが予見できる。『昭和20年8月』に。

この世界の片隅に』は「上・中・下」巻構成だが、本来は「序・破・急」*1となる予定だったらしい。そのせいか、ストーリーもそれに従って進んでいく。
すずが嫁ぎ、顔も知らなかった夫や義理の両親との生活に慣れるまでが上。
砂糖の配給が止まり、姪の学用品が手に入らなくなり、空襲が始まり、日常に少しずつ戦争の影が忍び寄ってくるのが中。
そして、すずが戦災に直面するのが下。

ネタバレになるため、ストーリーの詳細に言及することは避けるが、淡々と描かれる日常の中で丁寧に複線がはられ、きっちり回収されていく。

そして、数話ごとに試みられる『漫画でしかできない表現』が見事だ。
漫画のコマの一つ一つを布の端切れに見立てたり。
戦時中に実在した愛国カルタを50音全て使い、そこにイラストを添えるだけで漫画として仕立てたり。
戦災でけがを負った登場人物の包帯が解けて、それがそのままモノローグの囲いに見立てられたり。

何よりすさまじいのが、下巻のほとんどを占める『ある仕掛け』だ。
これを描くためだけに、作者は一年も左手で絵を描く練習をしたらしい*2
とんでもなく掟破りなやり方だが、間違いなく読者に強烈な印象を残す。


ここまで書くと、原爆がらみのとても悲惨なラストが予想されて読みたくなくなる人がいるかもしれない。
しかし、この話はただ悲惨な話ではないことだけははっきり言っておく。
この世界の片隅に』は、戦争だけを描くのではなく、終戦後のその先に続く生活までもちゃんと描いている。『夕凪の街 桜の国』に対する答えをきちんと描いている。
そして、戦後を生きる人々への救済を描いている。
最終話こそ、この作品の白眉だ。


最初にも書いたが、この漫画を『戦災もの』だけで済ませてしまうのはあまりにももったいない。
作者はファン掲示板に
『まあ世間的にはこの連載そのものが食玩みたいなもんだろうなあ。戦争が玩具の方で、漫画が飴ね。ここは今のとこ飴目当てのものすごく奇特な人の集まりってことで。』*3
という、達観したコメントを残している。

なので、わたしは漫画として見た時の感想を残して締めにしたい。









すず&リンさんが……すず&径子が……すず&晴美がどう見ても百合です!!!!!!!
黙ってると寡黙そうなイケメンなのに笑うとむちゃくちゃ親しみやすい顔になる周作のキャラデザが秀逸すぎます!本当にご馳走様でした!!!!!!

*1:ファン掲示http://6404.teacup.com/kouno/bbsの2007年12月 3日(月)12時26分12秒 の作者の投稿より

*2:前述のファン掲示板の2008年 7月22日(火)17時06分35秒の作者の投稿より

*3:前述のファン掲示板2007年12月 3日(月)12時26分12秒の作者の投稿より