『この世界の片隅に』ネタバレなしレビュー
すごい漫画を読んだと思う。
- 作者: こうの史代
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漫画に並々ならぬ情熱を抱く女性(作者)が、決死の覚悟で戦争と原爆を描くことに挑んだのがきっとこの作品だ。
こうの史代は『夕凪の街 桜の国』で一躍有名になった漫画家さん。それまではかなりマイナーな漫画家だった。けれど、本当に漫画好きな人に受ける漫画を書く、非常に底力がある漫画家だった。
そしてなにより、漫画という表現に並々ならぬ情熱を抱く漫画家だった。
- 作者: こうの史代
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『夕凪の街 桜の国』は編集者に『広島出身だし、原爆もの描いてみたら?』と言われたのがきっかけで生まれた作品だそうだ。
当事者でない限りおいそれと触ることができない、表現者にとってある意味とても恐ろしい題材、原爆。それに、当事者でない作者が漫画家としての全力を懸けて挑んだ作品だったと思う。そして出来たのが名作であることは言うまでもない。
しかし『夕凪の街 桜の国』はたかだか読みきり二本分。原爆という大きすぎる題材について『描ききった』というにはいささか頼りない。
また、なまじ有名になったせいで、様々な立場の人から(多くは理不尽な)批判を受けたことも想像に難くない。
『この世界の片隅に』は、『夕凪の街 桜の国』を描いた経験を受けて、戦争と原爆、そしてよせられた批判に正面切って挑んだ作品だ。
細部にいたるまで調べられた昭和の暮らし。
さりげなく、しかししっかりと貼ってある伏線の数々。
そして、漫画でしかできない実験的な表現の多さ!
あえて言う、これを『戦災もの』の漫画としてひとくくりにしてしまうのは本当にもったいない。
『この世界の片隅に』のストーリーはとても平和に始まる。
広島の海辺で育った少女すずが、軍都、呉の軍の録事の家に嫁ぎ、時々失敗しつつも新生活に生活に慣れていく過程を綴る。日常生活の描写が実に丁寧だ。かまどで煮炊きし、井戸から風呂水を組み、梅干しで出汁を取るような昭和の生活をいちいち描く。可愛らしい絵柄も合間って、とてものどかだ。
しかし、読者がすずたちの行く末に不安を抱かざるを得ない『仕掛け』が既に施されている。
この話は『昭和19年1月』というタイトルで始まる。そして以後ずっと『昭和19年2月』『昭和19年3月』と続いていくのだ。
話が進むにつれて、いつか到達することが予見できる。『昭和20年8月』に。
『この世界の片隅に』は「上・中・下」巻構成だが、本来は「序・破・急」*1となる予定だったらしい。そのせいか、ストーリーもそれに従って進んでいく。
すずが嫁ぎ、顔も知らなかった夫や義理の両親との生活に慣れるまでが上。
砂糖の配給が止まり、姪の学用品が手に入らなくなり、空襲が始まり、日常に少しずつ戦争の影が忍び寄ってくるのが中。
そして、すずが戦災に直面するのが下。
ネタバレになるため、ストーリーの詳細に言及することは避けるが、淡々と描かれる日常の中で丁寧に複線がはられ、きっちり回収されていく。
そして、数話ごとに試みられる『漫画でしかできない表現』が見事だ。
漫画のコマの一つ一つを布の端切れに見立てたり。
戦時中に実在した愛国カルタを50音全て使い、そこにイラストを添えるだけで漫画として仕立てたり。
戦災でけがを負った登場人物の包帯が解けて、それがそのままモノローグの囲いに見立てられたり。
何よりすさまじいのが、下巻のほとんどを占める『ある仕掛け』だ。
これを描くためだけに、作者は一年も左手で絵を描く練習をしたらしい*2。
とんでもなく掟破りなやり方だが、間違いなく読者に強烈な印象を残す。
ここまで書くと、原爆がらみのとても悲惨なラストが予想されて読みたくなくなる人がいるかもしれない。
しかし、この話はただ悲惨な話ではないことだけははっきり言っておく。
『この世界の片隅に』は、戦争だけを描くのではなく、終戦後のその先に続く生活までもちゃんと描いている。『夕凪の街 桜の国』に対する答えをきちんと描いている。
そして、戦後を生きる人々への救済を描いている。
最終話こそ、この作品の白眉だ。
最初にも書いたが、この漫画を『戦災もの』だけで済ませてしまうのはあまりにももったいない。
作者はファン掲示板に
『まあ世間的にはこの連載そのものが食玩みたいなもんだろうなあ。戦争が玩具の方で、漫画が飴ね。ここは今のとこ飴目当てのものすごく奇特な人の集まりってことで。』*3
という、達観したコメントを残している。
なので、わたしは漫画として見た時の感想を残して締めにしたい。
すず&リンさんが……すず&径子が……すず&晴美がどう見ても百合です!!!!!!!
黙ってると寡黙そうなイケメンなのに笑うとむちゃくちゃ親しみやすい顔になる周作のキャラデザが秀逸すぎます!本当にご馳走様でした!!!!!!